鍋島灯台

瀬戸内海で最も古い近代灯台

岡山から四国へのJR瀬戸大橋線(マリンライナー)が与島を通過して、北備讃瀬戸大橋にかかる時、左(東)側の窓の眼下に、真ん丸な島に、白い鍋島灯台(なべしまとうだい)が見えます。

明治時代には、全国各地に灯台が約120基築造され、現在残っている64基の一つであり、瀬戸内海(海上保安庁第六管区管内)で最も古く、国内でも7番目に古い灯台です。

鍋島灯台は、明治5年「灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー・ブラントンの設計によって設置されました。石造りの丸くて白い灯台は、地上からの高さは9.8mの可愛らしい灯台ですが、平均海水面から灯火までは29mありは11海里(約20km)先まで灯は届き、備讃瀬戸航路の安全の要となっています。

灯台守の島

平成3年3月29日に定期見回りによる保守に変更(無人化)されるまでは、職員(いわゆる灯台守)が滞在し鍋島灯台を直接管理しており、隣接する与島の人々からも灯台守の島として親しまれていました。

明治6年2月に建設された職員のための鍋島退息所も石造りであり、歴史的な価値があったことから、現在は高松市屋島にある四国村に移築再建されています。また、映画「喜びも悲しみも幾年月」のロケ撮影もされました。

鍋島灯台の灯りは、停止信号だった。

鍋島灯台が建設された明治初期、東西に470kmほどある瀬戸内海にはわずか5基(江埼灯台、部埼灯台、和田岬灯台、釣島灯台、鍋島灯台)の灯台しかありませんでした。それだけの灯台で潮流が速く、地形も複雑な瀬戸内海を夜間航行することは 非常に困難に近いものでした。そこで鍋島灯台は、夜間航行する船舶の停泊地までの目標に使用し、夜明けを待って航行するための停止信号として使われていました。同じような灯台として釣島灯台(愛媛)も停止信号として使用されていたことが、明治初めの灯台当直日誌に残っています。(海上保安庁WEBより)

初点灯は何月?

初点灯日は明治5年11月15日です。しかし銘板には「ILLUMINATED  15TH  DEC  1872」December(12月)? その理由は・・・。皆さん考えてみてくださいね。

灯台カードDigital

灯台カードDigitalが公開されています。門扉等にある看板からスマートフォンで、ダウンロードできます。

一般公開(見学)

鍋島灯台のある鍋島には、安全のため立ち入れませんが、年に一度,灯台の日(11月1日)前後の日に一般公開されています。

一般公開の日程は毎年10月下旬頃に、海上保安庁のWEBページで発表されます。