柿本人麿碑と柿本人麿歌碑

柿本人麿碑と柿本人麿歌碑
柿本人麻呂は、奈良や近江国、大阪、遠くは九州などを旅しながら歌を詠み、万葉集に数多く の歌を残しています。いずれも人間の真情を格調高く歌っており、万葉集を代表する歌人です。 柿本人麻呂は、文武天皇の御代(700年頃)、西国に朝廷からの使者としておもむき、讃岐の 国、中の水門(みなと)-丸亀市金倉川口付近)を船出して都へ向かう途中、風波をさけるた めに狭岑島(沙弥島)に寄りました。その時、沙弥島を中心にして歌を詠んでいます。 「柿本人麿碑」は坂出市出身の作家、中河与一氏が昭和11年に建立した与島の花崗岩製の石碑。 昭和63年、香川県国語教育研究会の手で「柿本人麿歌碑」が建立され、人麻呂の長歌と反歌二 首がかなまじり文で全文書かれています。