史跡三十六(白峰合戦古戦場)

史跡三十六(白峰合戦古戦場)
南北朝の争乱を著した「太平記」に「細川清氏討死ノ事附西長尾軍の事」の項に記される細川清氏 戦死の地と伝えられ、もとは松ヶ浦海岸であったと考えられるところである。正平17年(1362)南 朝方の将細川清氏は四国平定の命によって阿波・東讃を治め、白峰山麓高屋に兵を進めて、北朝の 将で従兄弟でもある細川頼之の宇多津に対陣したが、頼之の偽兵の策によって西長尾の軍を助ける ため兵を送り、その隙を急襲された清氏は城を出て逆襲し、この地で戦ったが、三十六名の兵と共 に戦死したという。このことから、この地を「三十六さん」と呼んでいる。

遺跡・伝承地